Lempicka   レンピッカ

Lempicka レンピッカ

ミュージカル ブロードウェイ
Lempicka レンピッカ
Lempicka   レンピッカ

ヨーロッパのファシズムが拡大し、世界が混沌としていった時代を生き抜いた女性肖像画家の一生を描いたミュージカル。その主人公、タマラ・ド・レンピッカの名は知られていない。しかしその絵には見覚えがある筈。ロシアで何一つ不自由なく生活していたレンピッカはある時、突然難民となる。しかし貧しい暮らしの中で創作活動を始め、やがて芸術界のスターへと昇りつめていく。ユダヤ系ポーランド人の彼女が描く数々の肖像画は、浮き沈みを繰り返しながら現在も人気を博している。本ミュージカルのレンピッカは、『ウィキッド』のエルファバ役や『レント』のモーリン・ジョンソン役で絶賛された、ブロードウェイでは未だそんな歳ではないが重鎮と呼びたくなる存在のエデン・エスピノーサが演じている。他方、彼女が心を寄せる娼婦をアンバー・アイマンが。レンピッカのパトロンの妻をベス・レベルが演じる。彼女達の美しいソロの数々は、きっと感動を呼び起こすだろう。

1898年、ポーランドの裕福な家庭に生まれたレンピッカは、1916年にロシアのサンクトペテルブルクで法律家タデウシュ・レンピッカ(アンドリュー・サモンスキー)と結婚。幸せな生活を送っていた。しかし1917年、ロシア革命が勃発。知識階級の夫が捉えられる。彼女は革命軍に影響力を持っていた男と寝ることで夫との再会を果たす。そして娘(ゾーイ・グリック)と3人でパリに逃げる。しかし裕福な家庭で育った夫は、貧しいフランスでの環境に適応できず、収入を得られない。そこで彼女は久々だったが筆を執って絵を描き始める。彼女が描くアートデコスタイルの絵は、次第に評判を呼んで後援者も増えていく。ある日のこと、パリ社交界の片隅にいた娼婦ラファエラと出会ったレンピッカは、彼女の自由奔放さと美しい体に接して、自分の中に新しい情熱が芽生えたことに驚く。ラファエラを追いかけ、その美を描きながら彼女を愛した日々は、画家の彼女にとって最も生産的な時期だった。しかしスタジオに詰めて家に戻ってこないレンピッカに夫は、ついに自分とラファエラとのどちらかを選べと迫る。結局彼女は夫を選ぶことを決断するのだが、時すでに遅く、夫もラファエラも彼女から離れていく。失意の底にいた彼女のところに、ある後援者の一人、男爵ラウル・カフナーの妻がやって来る。不治の病に苛まれていた彼女は「迫る衰えを目前にひかえた今の私を捉えて、描き留めて欲しい」とレンピッカに訴える。先に少し触れたが、そんな妻の願いを朗々と歌うベテラン、ベス・レベルのソロに多くの観客が涙していた。その後彼女は亡くなり、レンペッカが男爵の後添えとなる。やがて二人は、第二次世界大戦前夜の1939年、迫ってきたファシズムから逃れるため、パリを跡にしてカリフォルニアへ向かうのだった。

世界が混沌としていた時代に生きて、無一文の難民から芸術界のスターへと変貌を遂げたレンピッカ。何度も新たな地で新たな人生を歩みながら、そのつど逞しく這い上がっていく彼女のミュージカルは、カリフォルニアから始まりカリフォルニアで終わる。しかし実際のタマラ・ド・レンピッカは、1974年にメキシコへ移住し、その6年後に81歳で亡くなっている。遺灰は彼女の住んでいた町から眺望できるポポカテペトル山に撒かれた。

ソロもコーラスも歌は素晴らしい。また激動の時代を生き抜いた女性画家の人生は、興味深く目を離せない。だが欲を言えば、彼女の凄さが今ひとつ描ききれていない。階級差別、父権社会、ホモ蔑視、反ユダヤ主義、性差別、ファシズムなどの諸課題と、それらへの問題意識や抵抗など、盛りだくさんに描かれてはいる。しかしそれらを具体的な逸話を通すなどして理解してもらわないとレンピッカの強さや複雑な女性像は伝わり難い。彼女が描く精力的で活力に満ちた肖像画には、確固たる自信と使命感に裏付けされた行動力の為に苦悩し、時には艶やかなまなざの中に野心も感じられる「新しい女」が描かれている。それらはレンピッカそのものでもあった筈だ。しかしミュージカルでは、そこが描ききれていなかった。エデンの歌唱力だけでは無理がある。 「歴史は酷い。でも私も同じくらい酷い女よ」というレンピッカのセリフがある。制作側は、本人にそう告白させながらも、一方では綺麗に彼女を描きたかったのかも知れない。 元来人間の魅力は一面的ではない。人間臭く現実的に描きながらも、如何にその魅力を引き出すかは、脚本や演出家、そして俳優の勝負どころだろう。

舞台演出のレイチェル・チャヴキンは、2019年に『Hadestown』でミュージカル部門演出でトニー賞を受賞している。振付はラジャ・フェザー・ケリー。衣装はパロマ・ヤング。あの時代のファッションをオシャレに装飾していて面白い。舞台美術はリカルド・ヘルナンデスで、アート・デコ的な線が使われている。

このミュージカルは、もともとイェール・レパートリー・シアターとニュー・ドラマティストの二つの団体によって委嘱され、ウィリアムズタウン(MA/2018年)の演劇祭で初演されている。2022年6月14日にはサンディエゴラ・ホーヤ・プレイハウスで西海岸での初演がなされ、今年(2024年)ブロードウェイにやってきた。絵画や歴史に興味のある方には、是非薦めたい作品だ。(4/13/2024)

The Largacre Theater
220 W 48th St., New York, NY
公演時間: 2時間30分(休憩一回)
公演期間: 2024年4月14日〜5月19日

舞台セット:6
作詞作曲:9
衣装:9
照明:7
キャスティング:7
総合:8
© Matthew Murphy and Evan Zimmerman
© Matthew Murphy and Evan Zimmerman
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