マスカレード
あらすじ&コメント
ブロードウェイで35年に及ぶロングランを成功させたミュージカル『オペラ座の怪人』が、2023年の4月に閉幕するや否や、同作品が近い将来にオフ・ブロードウェイの小劇場で再演かリバイバルされるといういくつもの流言飛語を耳にするようになった。
作品の生みの親である作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーにいたってはテレビ番組で早い段階からリバイバルの可能性を公言したほど。こうして体験型となるイマーシブ版がオフ・ブロードウェイで上演されることが瞬く間に決まる。
セントラルパークからほど近い築130年の物件を改装、観客は屋上も含めた4階建てのビル全体を移動しながら、新たに『マスカレード』と題されたミュージカル『オペラ座の怪人』を観劇するという趣向だ。7月31日より公演が開始され、2ヶ月近く続いたプレビューを経て、去る9月28日のガラを以ってリバイバルは正式に幕を開けた。
19世紀末のパリを舞台に、オペラ座の地下に潜む奇形の顔半分を仮面で覆った怪人ファントムと、彼が思いを寄せる歌姫クリスティーヌを巡る悲劇を描く内容はこれまで通り。一方で、観客が正装をして仮面をつけるという規則が設けられ、参加者全員がファントムの主催する仮面舞踏会に出席するというのが新たな設定。
オペラ座のバレエ教師であり本編ではファントムの秘密を唯一知る人物となるマダム・ジリーが進行役を担い、観客は建物の部屋や階を移動しながら、歌姫を巡る怪人の悲恋物語を休憩なしの2時間15分で実体験していくという流れだ。
当然ミュージカルナンバーの多くが要所ようしょで短くなるなどの変更点は多い。こうした中、ファントムが自ら手にかけることとなるジョセフ・ブケーとの過去の確執が掘り下げられ、これまでは台詞のみで触れられていたクリスティーヌの亡くなった父親のヴァイオリニストが亡霊として登場するなど、ファンの心を擽っていくのだ。
幕間がないため、シャンデリアの落下は後半に持ち越されるのも変更点のひとつだが、これは短縮され豪華にされたラスベガス版や、2004年の映画版でも周知された流れとなり違和感はない。
今回のリバイバルがこれまでと大きく異なるのは、これまでにはなかった楽曲とともにファントムの過去と、“オペラ座の怪人”の誕生に迫るくだりが新たに追加されたこと。物語の中盤に案内役のマダム・ジリーが語り始め、パリの街に旅回りのカーニバルがやって来た過去へとフラッシュバックする。
カーニバルが再現された部屋では観客にショットグラスに入ったウイスキーが振舞われカオスな空間を演出、大道芸人たちがファイヤーナイフなど様々な技を披露していく。
そんなカーニバルの見世物小屋の牢屋に閉じ込められているのが、醜い顔を持つ青年エリック。音楽の天才でもある彼は、カーニバルの客引きも務める興行主に威嚇され牢屋から無理やり連れ出されると、その焼け爛れた傷の顔を晒し、パイプオルガンを器用に弾き観衆を喜ばせる。そんな彼が暴走、大切にしているサルのオルゴールで興行主を殴り、逃走してしまう。
逃走し行き場を失った青年エリックに同情して彼を保護、オペラ座に連れ帰ったのがマダム・ジリーだったという展開だ。青年エリックを慰め、彼に顔の大半を覆う仮面で醜い容姿を隠すよう促すのも彼女。しかし、エリックは自身の新たな姿に驚愕、鏡に顔面を打ち付け仮面の半分が破損、こうして “オペラ座の怪人”が誕生する。
これ以降、若かりし頃のファントムとなる青年エリック役の俳優が、台詞等は皆無に等しいものの時折登場し、オペラ座の怪人が生涯を通して抱えてきた闇を炙りだしていく。
この一連の新たな場面に加えられた楽曲のうち、カーニバルの客引きも務める興行主が歌うのは今回のために書かれた新曲。そしてもう一曲は映画版のエンドクレジットで使用された「Learn to Be Lonely」で、マダム・ジリーが助け出したエリックに歌い聞かせる。
観客は基本的に6グループにわかれて会場を別ルートでまわるため、中盤では物事が起きる順番やタイミングが多少異なっていく。そしてフィナーレ間際の大惨事が起こる劇中劇『ドン・ファンの勝利』の開演前の場面は、出演者の楽屋という設定の小規模な部屋で進行する。そのため、どのキャラクターの楽屋に入るかで体験が異なっていく。何れにしろ、作品の世界に入り込んでディテールを熟知するのは、一回の観劇では難しいのが現状。随所に散りばめられたこうした様々な遊び心や要素がリピーターを増やす確率を高くしているようだ。
ファントムが音楽家であり、同時に学者と発明家だったという設定はこれまで通り。そのため、オペラ座の地下にある彼の隠れ家に移動すると、観客は人間の体の一部などが電動で動くファントムが手掛けたカラクリなどの不気味な発明品の数々を実際に間近で目にすることができるのは、没入型ならでは。
響き渡る歯車のまわる機械音や冷たい金属音が異様な光景を際立たせ、これまでの劇場版では不可能だった体験を味わえる。とはいえ、ゴシックスリラーを観客参加型で描くという方向性によって、こうした粋な演出から、テーマパークにおけるアトラクションという印象が強く残るのも事実。
同時に照明も、薄暗い中での目眩ましが多く、その点ではこれまでの芸術性の高い舞台作品というイメージから乖離してしまっているのは否めない。オーケストラはなく伴奏は録音が基本となるため全体的に少々平坦な印象を受け、出演者の声をマイクが拾いきれない場面も少なからずある。ただし、建物全体を使って複数の場面が同時進行するにも拘わらず、他のシーンの音漏れが最小限に抑えられている点からは制作陣の苦労が窺えた。
ネタバレとなるが、観客を巻き込んだ以下のフィナーレも印象的な場面のひとつとなっている。隠れ家で追い詰められ孤独となったファントムが、椅子に座って布で身を包むや否やその体が消え、仮面のみが残されて終わるという従来の流れとは異なるのだ。
今回の演出版では、クリスティーヌの心を射止めることが叶わず人生が転落し、隠れ家で深い孤独感に苛まれるファントムの前に、若かりし頃の自分自身である青年エリックが現れる。焼け爛れた顔の傷を露にしたファントムを前にし、青年エリックは自分の仮面を外す。すると青年エリックの顔の傷はわずかに残った痣のみとなり傷は癒されていることが確認できるようになる。
続いて円形ステージを囲む観客も促され、全員で一斉に仮面をとるのだ。ファントムも含めた会場にいる全員が初めて仮面のないありのままの顔で互いを見つめ合う。「恐怖は顔にではなく魂の歪みにある」のだと殺人鬼と化したファントムに諭したヒロインのクリスティーヌによる歌詞の内容に焦点を当て、それを浮き彫りにした形となる。
こうして安堵感さえある驚嘆の表情を浮かべたファントムにスポットが当たりつつ、静かに暗転していく。これまで以上に普遍性があり、詩的情緒にも溢れ、観客参加型の作品という利点を最大限に生かした終わり方となった。
プロデューサーには『スリープ・ノー・モア』を含む数々のイマーシブ作品を手掛けてきたランディ・ワイナーも名を連ね、演出を担ったのは彼の妻でもあるダイアン・パウルス。日本人の母親を持つことでも知られる彼女は、2013年にシルク・ドゥ・ソレイユのツアー作品『アマルナ』を手掛けたこともありキャリアに転機が訪れた。
同サーカス作品はシェークスピアの『テンペスト』を原作とし、女性の力強さを誇示した内容。そしてその翌年に彼女は、ブロードウェイでリバイバルされたミュージカル『ピピン』で、本来は男性が演じる主人公を女優に変更、サーカスの要素を大々的に取り入れて成功させ、トニー賞に輝く。それ以降の彼女の作品では、サーカスやイリュージョン、そしてアクロバットの要素が導入されるようになり、また芯の強い女性を描く多くのミュージカルを世に送り出していく。
今回の『マスカレード』でも同様の試みが特徴となっており、ファントムの過去を紐解くくだりでは彼が属していたカーニバルの見世物小屋の場面に、サーカスの要素が加味され効果的に描かれた。またアクロバットも取り入れられ、視覚的な見せ場が増えたのも見所のひとつ。同時にナレーターでもあるマダム・ジリーの英断が物語を大きく左右するという変更点は、ダイアン・パウルス演出作ならではと感じられた。
昨年の夏にはオフ・ブロードウェイで同じく作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーによる代表作『キャッツ』にLGBTQ+の要素を絡ませたイマーシブ版がリバイバル公演を行い大ヒット、来春にブロードウェイへ昇格することが決まっている。
現時点で『オペラの怪人』のイマーシブ版となる今回の『マスカレード』は繰り返し期間限定の公演を延長しつづけており、実質は無期限ロングラン体制となった。今シーズンのニューヨーク演劇界では、没入型として息を吹き返した巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバーによる複数のミュージカルを同時に堪能できる貴重な機会が訪れるかもしれない。(8/10/2025)
218 W. 57th Street, New York, NY 10019
上演時間:2時間10分(休憩なし)
公演期間:7月31~2月1日




