Merrily We Roll Along 愉快に転がろう

Merrily We Roll Along
愉快に転がろう

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
Merrily We Roll Along
愉快に転がろう
Merrily We Roll Along 愉快に転がろう

ミュージカル界の巨匠ソンドハイムの『Merrily We Roll Along』(愉快に転がろう)は、不思議な歌の魅力なのだろうか、何度もリバイバルされてきた。しかしその度に失敗を繰り返し、彼の作品中一番の失敗作と言われてきた。なぜ不評だったのか、なぞ解きをするドキュメンタリーまで制作されたほどだ。ところが今回(2022年秋)のオフ・ブロードウェイ・バージョンは、切符が全く手に入らないほどの評判となった。脚本はジョージ・ファース。彼の書いたソンドハイムのミュージカル『カンパニー』は、昨年(2022年)、トニー賞を受賞している。

あらすじ&コメント

舞台はショービジネス界の有名作曲家、フランク家の大広間から始まる。そこで開かれているパーティー会場には、エンタテイメント界の有名人や有名人を目指す人々がいて、笑ったりおしゃべりをしている。だがそこに、そんな喧騒には混じらず浮いているように見える二人の男女がいた。フランクの古い友人である作詞家と劇評家だ。舞台はこの二人と作曲家フランクの過去を順に辿りながら、三者三葉の成功と失敗、出世と挫折、賞賛と嫉妬を描いていく。やがて終盤に至りようやく彼等3人の絆が分かるのだが、それは20年前のニューヨークの安アパートの屋上。貧乏な作曲家、作詞家、随筆家だった彼らは、一緒に星空を見上げて「初心を忘れずに頑張ろう」と誓うのだった。

その後フランクには次々と仕事の声がかかり、売れっ子の作曲家へと成っていく。一方劇評家になったメアリーは、愛するフランクが女性から女性へと渡り歩く様子を眺めながら、自分の気持ちを打ち明けられずにいる。そして愛されない辛さを、酒で胡麻化そうとしていた。他方チャーリーは有名ではないが作詞家として家族に囲まれた生活を営んでいる。しかし彼と一緒に新曲を作る約束も忙しいフランクは忘れていた。チャーリーは置きざりにされていく寂しさのような、妬みのような、憤りのような気持ちを持った。

もっともフランクも寂しい点では他の二人と変わりはない。仕事の上では人並以上の成功を手に入れたが、私生活では2度目の結婚も壊れかかっている。他の二人と違って彼の人生は順風満帆だった。だがそれ故に自分が心から望んでいるのは何なのか、立ち止まって考える機会がなかった。運の良さに流されるままに生きてきて本当の幸せを感じられなかったのだろう。かつて貧乏ながらも三人で幼く純粋な夢を見ていた頃を懐かしく思うのだった。

今回のリバイバルの成功には、この三人などのキャスティングが大きく関わっていると思う。作詞家のチャーリー(ダニエル)を映画『ハリー・ポッター』のダニエル・ラドクリフが演じ、チャーリーの妬みに似た憤りをオタクっぽく上手に演じている。また随筆家のメアリーをやや太めの明るく振る舞うリンゼイ・メンデスが演じ、恋を告白できない女性を巧みに演じている。作曲家のフランクは、背が高くイケメンで如才ないジョナサン・グロフが抜擢されていて、一見美しく非の打ちどころがないが故に、挫折して立ち止まる機会がなかったために抱えてしまったやり場のない寂しさを見事に演じている。なお助演俳優レッグ・ロジャーズについても触れておきたい。彼は最初、落ちぶれた舞台プロデューサー役で登場し、過去に遡るにしたがって裕福で有名なプロデューサーだったことが判る。これは徐々に成功するフランクとの対比なのか、あるいはフランクの行く末を暗示しているのか・・・。ある時、隆盛だったころの尽力で有名女優になっていた妻が、フランクと寝ていることを知る。しかしそれをネタに人々を笑わせる。そんな男の哀愁を漂わせながらも重たくさせない演技に、カーテンコールでは多くの拍手が起こっていた。

今回の作品が成功したもう1つの理由に、イデオロギーを全面に出した事を揚げたい。本作品で主人公フランクは、成功のために友人や妻をひどく蔑ろにする人間として描かれていた。また彼がいるショービジネス界も、非道徳的、非倫理的な側面を批判の的として描かれていた。確かに善悪が明確で判り易い作品となっていて、観客の反応もそれなりにあった。だがなぜか、陳腐な作品に思えてしかたがない。

元々故ソンドハイムは、特定の人々の思想や生き方そのものを、またはその傾向を取り上げて批判することは少なかった。彼は長年にわたりその鋭い洞察力で人の心を浮き掘りにして示し、淡々といろいろな人々の人生を、作品を通して観客に提示してくれた。勿論『メリリー・ウィ・ロール・アロング』でもフランクを批判しているのではない。登場人物の3人がおとな社会に揉まれていくうちに、青年だからこそ持ち得る理想と現実のバランスを保てなくなり、やがては萎んでいく様子を描こうとした筈だ。他作品と同様、そこには白黒や善悪をつける姿勢は無い。

ただ現在のブロードウェイは、いや、のみならず今の社会全体は、物事の善し悪しの明確さを好むばかりで、中庸あるいは中間的な概念や観念を理解しない傾向にある。したがって今回の演出が歓迎されるのも無理はない。

いつまでも変わらない名曲「Not A Day Goes By」、「Good Thing Going」、「Old Friends」らが輝いていた。

最後にちょっと本来の劇評からはズレて一言。フランクは奥さんがいながら女優と簡単に寝てしまう薄情な男に描かれている。しかしあんな美人にあれほど誘われたら、よっぽどじゃなきゃ寝るだろう、と思う。米国の既婚者の浮気に対する倫理は本当に厳しい。
(1/12/2023)

New York Theater Workshop
79 E 4th St, New York, NY 10003
公演時間:2時間30分(休憩1回含む)
公演期間:2022年1月22日千秋楽
2023年、ブロードウェイで秋の開幕予定

舞台セット:9
作詞作曲:9
振り付け:8
衣装:8
照明:8
総合:9
Photo by Joan Marcus
Photo by Joan Marcus
Photo by Joan Marcus
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