Moulin Rouge! ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル

Moulin Rouge!
ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル

ミュージカル ブロードウェイ
Moulin Rouge!
ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル
Moulin Rouge! ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル

主演のニコール・キッドマン、ユアン・マクレガーで沸いたミュージカル・ファンタジー映画『ムーラン・ルージュ!』が世に出てから18年、『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』がブロードウェイにやってきた。去年、ボストンでの劇場公演で大成功を収め、ブロードウェイでは6月28日からレビューが始まったが、映画に劣らず豪華な作品に変身したと評判だ。劇場に入れば壁、床、舞台装置は真紅の基調色で統一され、19世紀末のパリの夜の絢爛豪華さが、醸し出されている。通路の照明でさえも蝋燭のような電球を天使が支えていて、当時のムーラン・ルージュはさもありなんと納得してしまった。ステージの手前にはいくつものシャンデリアが垂れ下がり、その左右には金色に縁どられたグランド・ボックス席が設置されている。右側のボックス席の上の壁からは大きな青い象が上半身を突き出し、左のボックス席の屋根には大きな赤い風車が置かれ、その派手さに目を見張る。

あらすじ&コメント

開演数十分前から本編の雰囲気づくりは始まる。ボックス席と舞台前方で、この後の舞台のキャバレーで働く美しく若い男女が、観客をゆっくり見つめながらポーズを取ったり、こちらに挑戦するかの様にじっと凝視し始める。ゴシック調が多少入ったセクシーな衣装を身につけた彼等は、贅沢で華やかで、でも少し退廃的な19世紀末の気分を、観客に振りまいているのだ。

時代は1899年の世紀末。場所はパリ・モンマルトルのキャバレー、ムーラン・ルージュ。ベル・エポックに湧く欧州とはいえ、フランスでは大統領の暗殺や犯人の冤罪事件など、政治的混乱が続く真っ最中。ムーラン・ルージュの経営も次々と繰り出す舞台がヒットせず、思わしくないようだ。パリにやって来たアメリカ人で作家志望のクリスチャンは、ひょんなことからムーラン・ルージュで曲を書くことになる。そこにいたのは他の踊り子達から慕われ、頼られるベテランのサティーンだった。やがて強く愛し合うことになるこの二人を演じるのは、わずか二十歳でミュージカル『レント』の全米ツアーに加わり、映画『レ・ミゼラブル』で存在感を示した現在36歳のアーロン・トヴェイトと、『ウエスト・サイド物語』『イン・ザ・ハイツ』でトニー賞を受賞し、テレビでも活躍する42歳のカレン・オリヴォだ。旬が過ぎつつあると感じている熟女のサティーンをカレンは演じる。しかし声の調子が良くなかったのか、アーロンに見合う声量を出し続けるのが辛そうだった。一時的であることを祈りたい。

そんな二人の様子を伺っているのは、スターの踊り子サティーンをとある種の信頼関係を持つムーラン・ルージュの経営者ハロルド・ジドラーと、彼女に首ったけで、その富の力を使ってサティーンだけでなくハロルドさえもコントロールしようとする狡猾なモンロス公爵、サティーンへの思いを心に秘めたまま生きるアーティストのロートレックだ。それら男性達のそれぞれの思いが、一人の娘を中心に絡み合ってストーリーは展開する。

ハロルド・ジドラーを演じるのは、トニー賞に6回ノミネートされているダニー・バースタイン。モンロス公爵を演じるのは、数々の名作で主役をこなしたベテラン、タム・ムトゥだ。ちなみにアーティストのロートレックは、映画『赤い風車』でも描かれ、ダンサーの生き生きした姿を描き続けたフランスの画家として知られるアンリ・ド・トゥールーズ・ロートレックが元となっている。

実際のムーラン・ルージュは、1941年に火事で焼け落ちてしまったが、再建され観光地として残っている。1889年、モンマルトルの丘のすその、パリの庭の中にオープンしたそのキャバレーは、スペイン人の実業家と、そのマネージャーのチャールズ・ジドラーが、富豪相手を時代の最先端をいくお洒落な地区へ足を運ばせようと建てた。作品内でのオーナーのハロルド・ジドラーはこのチャールズのパロディーとされている。当時は斬新だったギラギラした電球で正面は装飾され、玄関には巨大な赤い風車があった。「ムーラン・ルージュ」とは仏語で「赤い風車」という意味だが、モンマルトル地区がかつてはたくさんの風車があった村だったことでデザインされた。庭には漆喰でできた大きな象が置いてあり、1フランで、紳士たちは像の足に当たる支柱の中の螺旋回覧を経由してその胴体に入ることができ、高級なあへん窟として使われていたそうだ。

普通ジュークボックス・スタイルと言うと『ジャージー・ボーイズ』や『マンマ・ミーア!』の様に、あるバンド、又はアーティスト一人の曲に絞ることが多いが、この作品は特定のアーティストに焦点を絞っているわけではない。異なる様々なポップ・ヒットが散りばめられており、敢えて言うならよりジュークボックスに近いのはこちらかも知れない。プレイビルには74曲が載っている。しかし著作権等をクリアしたそれら記載曲以外にも何曲かあるので、操作卓に向かっていた音響オペレーターにそれとなく訊いてみた。が、「数えていないので、わからないよ。」とにべも無かった。映画で使われていたかつてのヒット曲は勿論、2001年以降のレディー・ガガやビヨンセなどの40曲あまりが、新たに舞台で登場した。中には一節だけしか歌われないものや、歌詞がセリフとなって一言二言だけだったりするので、「曲名当てクイズ」の様で、洋楽好きな方は楽しめる。

しかし、ポップ曲の歌詞は解り易い反面、凡俗になりがちだ。演出側もその陳腐さをユーモアとして扱っていて、最初は笑える。しかしストーリー自体は悲劇なので、最初はいいが2幕目にもなると、もっと深い内容を表現する気の利いた台詞が聞きたくなってきて、いつまでも続くポップ曲の歌詞には飽き足らなくなる。終幕前にはクリスチャン達4人の男優が、「人生では自由、美、真実、愛が一番大事」と今の時代には月並みな理想を朗々と吟じる。作品のテーマのひとつにボヘミアンに憧れる人々のレクイエムがあるのだろう。だが、そのテーマを敢えて最終シーンで言葉にするのは、オシャレさに欠ける。その理想をストーリーに組み込もうとしたのかも知れないが、この時代のパリに集まった芸術家達の思いを描くのは、そう簡単ではなかったのだろう。

キャバレーのオーナーを演じるダニー・バースタインや、ロートレックを演じるサー・エンガジャの哀愁を込めた演技には慰められた。またサンティアゴの恋人のニニ役を務めるロビン・ハーダーのダンスの切れ味には、脱帽する。

平均のチケット代は、傑作『ハミルトン』に次ぐ2番目の高値となっていて『ムーラン・ルージュ!』の人気の程がお分かり頂ける。そして収益はレビュー5週目にして、すでに約39億円弱に達したと発表されていた。ブロードウエイ公演の制作には約30億3千6百万円、ボストン公演には約32億5千3百万円が使われたと言われているが、この調子だと確実に元は回収されるだろう。とにかく衣装と舞台に手が込んでいて、視覚的な贅沢さを十分楽しめる。衣装デザインは『マイ・フェア・レディ(リバイバル)』『王様と私(リバイバル)』など含めて、すでに受賞9回と言うベテランのキャサリン・ズーバーで、装置デザインは演劇『33Variations』でトニー賞を受賞しているデレク・マクレーンだ。

上演は普通のブロードウェイ作品とは違い、マチネは木曜日と土曜日にあるので、上手く組み合わせれば、他のブロードウェイ作品とのハシゴ鑑賞ができる。短期間にたくさん観たい人にとっては都合がいいかも知れない。   8/1/2019

Al Hirschfeld Theatre
302 W 45th St.
New York, NY
公演時間:2時間45分(休憩15分)

舞台セット:10
作詞作曲:7
振付:7
衣装:10
照明:8
総合:8

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