Wrong Man, The ザ・ロング・マン

Wrong Man, The
ザ・ロング・マン

オフ・ブロードウェイ ミュージカル
Wrong Man, The
ザ・ロング・マン
Wrong Man, The ザ・ロング・マン

ミュージカル『ハミルトン』の演出家と音楽監督が再びタグを組む新作ミュージカルとなれば当然のように期待が募る。今年4月にオフ・ブロードウェイでの初演が発表されてからはメディアで取り上げられる機会が多く、NYポスト紙に至っては2020年のトニー賞で健闘する有力株になる可能性があるとさえ報じたほど。ダイヤの原石として上演開始前から注目の的となっていたのがミュージカル『ザ・ロング・マン』だ。

あらすじ&コメント

題名が同じ実話を基にしたアルフレッド・ヒッチコック監督による1956年の映画の邦題をそのまま借用した場合、このミュージカルのタイトルの訳は『間違えられた男』となる。無実の罪で犯人に間違えられた男の話という大筋は双方ともに同じだが、ミュージカルの場合、物語は完全オリジナル。

米ネバダ州のリノを舞台にしたミュージカルの主人公は平凡な30代後半の男性のデュラン。恋人に捨てられた彼は失意の中、魅惑の女性マリアナと出会い一夜を共にする。その後マリアナは身ごもり、デュランは彼女と人生を歩んでいくことを決意。ところが、マリアナはそんなデュランの申し出を拒否する。マリアナには彼女の裏切りによって刑に服すことになった元夫“マン・イン・ブラック”がおり、復習に燃えるその男が間もなく仮出所してくるため、危険が及ぶことを恐れてのことだった。諦めきれないデュランはマリアナに会いに行くが、彼女は出所した“マン・イン・ブラック”の手にかかりすでに息絶え、さらには無関係のホームレスさえ殺されていたのだ。悲惨な殺人現場に居合わせ、凶器を手にしていたデュランは現行犯逮捕されてしまう。こうして殺人罪により起訴されたデュランは死刑判決を受け、薬物投与による刑執行の日をむかえるのだった。

作詞・作曲は複数の著名アーティストに楽曲を提供しているロス・ゴラン。元々は彼がキャリアをスタートさせて間もない2004年に、無実の罪で殺人犯に仕立て上げられた男についての歌として手掛けたところから始まる。その後、なぜ男性が殺人犯になるに至ったのかといった経緯も含めコンセプトをさらに固めていき、関連楽曲を徐々に追加していった。そしてギターによる弾き語りで曲を披露するうちに口コミで関心を集め、大物音楽プロデューサーなどがサポートするようになっていったのだ。その後はアニメのミュージックビデオとして映像化し映画祭などで公開、さらにはコンセプトアルバムを発表し、今回の初演に至った。R&B、ヒップホップ、そしてラップなどの様々なジャンルが融合した流行りの趣向のミュージカルナンバーとなっているのが特徴だ。

全編が歌で紡がれる同ミュージカルの冒頭ではタイトル曲が歌われ、悲劇的な結末がほのめかされる。その上で“間違った時に、間違った場所で、間違った女性に会ってしまったことにより、間違えられてしまった男”の数奇な人生が描かれていくという流れだ。

総勢9名の出演者の中にはダンサーたちがバランス良くキャスティングされているのも見所。テレビ番組でお馴染みのトラヴィス・ウォールの振付けも古典からコンテンポラリーに至るまで幅広く、飽きを感じさせない。

ミュージカル『ハデスタウン』でトニー賞を受賞したレイチェル・ホークによる舞台装置もいたってシンプルだが効果的。ステージ中央にミュージシャンが配置され、両サイドには裁判所の傍聴席を連想させる客席が設けられている。各場面は椅子やベンチなどを使って再現し、背景のLEDを要所ようしょで劇的に使う手法だ。

2018年にブロードウェイでリバイバルされたミュージカル『回転木馬』が記憶に新しいジョシュア・ヘンリーが主役のデュランを演じ、今回もその力強い歌声はどの楽曲でも生かされている。マリアナ役を演じるのはミュージカル『ノートルダムの鐘』(ディズニー版)のエスメラルダ役で知られるシアラ・レネー。最近は演劇界での目立った活躍がなかった彼女も独特な表現力と巧みな歌唱力で圧倒していく。

こうした様々な要素をテンポ良い90分にまとめ上げた演出家トーマス・カイルの手腕も流石で、洗練されていながら斬新なステージと出演者の才能により満足感に浸れるのだ。

その一方で、質の高い舞台を観たという感動に欠け、物足りなさを感じる要因がドラマ性の薄い脚本にある。これにより物語が平坦で、登場人物の造形が極端に浅い印象を与えてしまうようだ。

冤罪という重く普遍性のあるテーマと向き合っているのはこの作品の強みであり、掘り下げようとする試みも窺えなくはない。例えば、無実の罪を着せられる主役の男をメインで演じるのはアフリカ系アメリカ人のジョシュア・ヘンリーだ。そして決してアンダースタディーという位置づけではなく、複数回にわたり同役で登板するのが劇中の真犯人“マン・イン・ブラック”をメインで演じる白人の俳優という出演スケジュールが組まれた。これは意図的なことのようで、アメリカ社会における冤罪の実態に目を向けようとする趣きのようにも捉えられる。

とはいえ、こうした取り組みさえも人物描写の甘さが足枷となり、埋もれたままになってしまった。

革新的な作品を世に送り出そうという意気込みが十分に伝わることは確か。しかし、脚本の弱さが仇となり、製作陣の才能が化学反応をおこし演劇界を席巻する作品へと化けることは叶わなかった。
千秋楽 11月17日

The Newman Mills Theatre at
THE ROBERT W. WILKINSON
MCC THEATRE SPACE
511 West 52ndSt

上演時間:90分(休憩なし)

舞台セット:6
衣装:4
照明:8
総合:6
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy
Photo by Matthew Murphy

Lost Password